灯り
あさりちゃんの中学生時代 No.2 (No.01)
八月の空のことは、今でもときどき思い出す。
昭和二十年の八月。
私はまだ幼くて、戦争が終わったということの本当の意味は、よく分かっていなかった。
大人たちが、どこか力の抜けたような顔をしていたこと。
それまで空を気にしていた人たちが、少しずつ、空を見上げなくなっていったこと。
夜になっても、家の中の灯りに、前ほどびくびくしなくなったこと。
それくらいしか、子どもの私には分からなかった。
愛媛県
そのころは、周桑郡と呼ばれていた。
田んぼが広がり、風が吹くと草の匂いがした。
海の方からは、少し湿った風が届いた。
道を歩けば、近所の人が声をかけてくれる。
子どもたちは、土ぼこりを上げながら走りまわった。
戦争は終わった。
けれど、暮らしが急に楽になったわけではなかった。
食べるものは、まだ十分ではなかった。
服も、物も、今のようにはなかった。
それでも、人は生きていた。
笑う日もあった。
けんかする日もあった。
お腹をすかせる日もあった。
それでも、朝になれば学校へ行き、夕方になれば家へ帰った。
私も、少しずつ大きくなった。
いつのまにか、幼い私ではなくなっていた。
電球に黒い布を巻く理由を聞いていた小さな子は中学校へ通うようになっていた。
そのころの私は、卓球部に入っていた。
どうして卓球部に入ったのか。
今となっては、はっきり覚えていない。
友だちに誘われたのかもしれない。
なんとなく面白そうに見えたのかもしれない。
ラケットを持って、白い小さな球を打つ感じが、少し大人っぽく見えたのかもしれない。
けれど、記憶をたどると、
私にとって卓球は、中学に入ってから急に始まったものではなかった。
近所の公民館に、卓球台があった。
夜になると、青年団の人たちがそこに集まっていた。
昼間の公民館とは、少し空気が違った。
昼は、近所の人が出入りする普通の場所だった。
けれど夜になると、そこだけ少し特別な場所になる。
外は暗い。
田んぼの方から、虫の声が聞こえる。
公民館の窓からは、明るい灯りがこぼれている。
その中で、青年団の人たちが笑いながら卓球をしていた。
コン、コン。
カン、カン。
白い球が飛ぶ。
ラケットが鳴る。
誰かが笑う。
誰かが悔しがる。
私は、その中に混じって卓球をした。
中学生の女の子が、夜に公民館へ行って、青年団の人たちと卓球をする。
今なら、少し驚かれるのかもしれない。
でも、あのころの田舎では、それは普通だった。
近所の人は、だいたいみんな顔見知りだった。
誰がどこの子か、みんな知っていた。
どこへ行っているのかも、なんとなく分かっていた。
親も、細かいことは言わなかった。
「行ってくる」
そう言えば、それでよかった。
今のように、何時に帰るのか、誰と一緒なのか、何をするのか、いちいち聞かれることも少なかった。
田舎には、田舎の自由があった。
もちろん、何でも好き勝手できたわけではない。
けれど、子どもたちは地域の中で見守られていた。
家だけではなく、町全体が大きな家のようなところがあった。
だから私は、夜の公民館で卓球をした。
そして、そこに、初恋の人がいた。
兄と同級生の人だった。
その人が卓球をしているのを見るだけで、胸が少し明るくなった。
ラケットを振る姿。
球を追いかける姿。
笑う声。
何気なく私に声をかけてくれる時の顔。
ただそれだけで、うれしかった。
一緒に卓球をしているだけで、ほんとに楽しかった。
球がうまく返せたらうれしい。
その人が「うまいやん」と言ってくれたら、もっと嬉しい。
何でもない夜の公民館が、その人がいるだけで、特別な場所になった。
そのころの私は、恋というものが何か、はっきり分かっていたわけではない。
ただ、その人がいると楽しい。
その人に見られていると、少し上手に打ちたくなる。
その人が笑うと、自分までうれしくなる。
それだけだった。
けれど、今思えば、あれは初恋だったのだと思う。
でも、その人は、私を選ばなかった。
その人には、好きな人がいた。
私ではない、別の人だった。
それを知った時、胸の中が少し静かになった。
大きく泣いたわけではない。
誰かに相談したわけでもない。
ただ、心の中で、そっと分かった。
ああ、私は選ばれなかったんやな。
そう思った。
それでも、卓球は楽しかった。
その人がいても、いなくても。
選ばれても、選ばれなくても。
公民館の灯りの下で、白い球を追いかける時間は、やっぱり楽しかった。
だから、私は中学の卓球部に入ってからも、自然にラケットを握ることができた。
部活で初めて卓球を覚えた子よりも、私は少し慣れていたのだと思う。
夜の公民館で、青年団の人たちと打っていたことが、知らないうちに力になっていた。
だからなのか、私たちの卓球部は強かった。
けれど、ひとつだけはっきりしている。
私は、あまりまじめな部員ではなかった。
練習は、よう怠けた。
友だちは一所懸命だった。
汗をかきながら、何度も何度も球を打っていた。
失敗しても、もう一回。
うまく入っても、もう一回。
そうやって、真剣に練習していた。
私はというと、そこまで熱心ではなかった。
ちょっと疲れたら休む。
人が見ていなかったら、少し手を抜く。
ラケットを持って立ってはいるけれど、心のどこかでは別のことを考えている。
そんなところがあった。
先生も、特別に上手な人ではなかった。
今だから言えるけれど、先生は卓球の名人という感じではなかった。
教え方も、きっちりしていたかと言われると、そうでもない。
どこか、いいかげんなところがあった。
「まあ、打ってみい」
「そこは気合いや」
「入ったらええんや」
そんな感じだったように思う。
今の部活動なら、もっと細かい指導があるのかもしれない。
フォームがどうとか、足の運びがどうとか、戦術がどうとか。
けれど、あのころは、そんな難しいことを言う人はあまりいなかった。
体育館に響くのは、球の音だった。
コン、コン。
カン、カン。
白い球が台の上を跳ねる。
ラケットに当たる。
床に転がる。
誰かが走って拾いに行く。
窓の外には、田んぼが見えた。
風が入ってくると、汗の匂いと、木の床の匂いと、外の草の匂いが混じった。
私は、その空気の中にいた。
先生も、たいして上手ではなかった。
練習も、立派なものではなかった。
それなのに、私たちは強かった。
私は部活の時間だけ卓球をしていたわけではなかった。
夜の公民館で、青年団の人たちに混じって、何度も球を打っていた。
兄と同級生の初恋の人がいて、その人に少しでもよく見られたくて、知らないうちに夢中になっていた。
練習という感じではなかった。
努力という感じでもなかった。
ただ、楽しかった。
好きな人がいる。
友だちがいる。
笑い声がある。
灯りがある。
白い球が飛ぶ。
それだけで、体が勝手に動いた。
もしかしたら、そういう時間が、私を強くしていたのかもしれない。
郡大会では、優勝した。
その時のことは、細かい点数までは覚えていない。
けれど、勝ったあとにみんなで顔を見合わせたことは覚えている。
「勝ったん?」
「勝ったみたい」
「ほんまに?」
そんな感じだった。
ものすごく自信満々だったわけではない。
勝つぞ、勝つぞと燃えていたわけでもない。
それなのに、勝ってしまった。
友だちは、一所懸命だった。
その一所懸命さに、私は助けられていたのだと思う。
私は怠け者だったけれど、仲間の中にいると、試合の時だけは不思議と力が出た。
相手の球を返す。
もう一球返す。
入ればうれしい。
外せば悔しい。
そうやっているうちに、気持ちが少しずつ前へ出ていった。
郡大会に勝った私たちは、松山の県大会へ行くことになった。
松山。
その響きだけで、胸が少し高鳴った。
同じ愛媛の中とはいえ、私たちにとって松山へ行くというのは、ちょっとした大きな出来事だった。
いつもの町を離れる。
いつもの道ではないところを通る。
知らない学校、知らない選手、知らない空気の中へ入っていく。
それだけで、少し背筋が伸びた。
県大会の会場には、強そうな選手がたくさんいた。
きれいなフォームで打つ子。
声を出して気合いを入れる子。
ラケットの振りが速い子。
いかにも練習してきた、という顔をした子。
私たちは、そこに立っていた。
自分たちがどれくらい強いのか、よく分からなかった。
どうして郡大会で優勝できたのかも、よく分からなかった。
だから、県大会に来ても、どこか不思議な気持ちだった。
ほんまに、私らがここに来てええんやろか。
そんな思いもあった。
けれど、試合が始まると、考える暇はなかった。
球が来る。
返す。
また来る。
また返す。
卓球というのは、不思議なものだった。
球は小さい。
けれど、その小さな球に、気持ちが全部乗る。
怖いと思えば、手が縮む。
勝ちたいと思えば、力が入りすぎる。
何も考えずに打った球が、いちばんよく入ることもある。
私は、やっぱり練習熱心な選手ではなかった。
でも、試合の時だけは、目の前の白い球を追いかけた。
そのころ、桜井海水浴場で合宿もした。
桜井の海は、明るかった。
砂浜に立つと、海が大きく広がっていた。
波が寄せては返し、足元の砂をさらっていく。
潮の匂いがして、遠くで子どもたちの声がした。
合宿と言っても、今のように整ったものではなかったと思う。
立派な設備があるわけではない。
計画が細かく決まっているわけでもない。
先生も、どこかのんびりしていた。
でも、それがよかった。
朝から練習して、汗をかく。
休み時間になると、海の方を見たくなる。
本当はもっと真面目にやらなければいけなかったのかもしれない。
学校の外でも、私たちはよく遊んだ。
仲間で集まって、トランプをした。
誰かの家だったのか。
公民館だったのか。
縁側のある部屋だったのか。
細かい場所は、もうぼんやりしている。
けれど、みんなで輪になって座り、トランプを広げていたことは覚えている。
札を切る音。
誰かが笑う声。
負けた子が悔しがる顔。
勝った子が得意そうにする顔。
たいした遊びではなかった。
お金がかかるわけでもない。
特別な道具があるわけでもない。
でも、楽しかった。
戦争が終わって、まだ何年もたっていなかった。
物は少なかった。
豊かではなかった。
今のように、何でも買える時代ではなかった。
けれど、楽しいことはあった。
夜の公民館の灯り。
卓球台の上を跳ねる白い球。
兄と同級生だった初恋の人。
選ばれなかった少し苦い気持ち。
仲間と集まってしたトランプ。
親に細かく言われず、田舎の道を自由に歩いた夕方。
そういうものが、確かにあった。
戦後の日本は、暗いだけではなかった。
もちろん、大人たちは大変だったと思う。
家を失った人もいた。
家族を失った人もいた。
食べるものに困った人もいた。
心の中に、戦争の傷を抱えたまま生きていた人もいた。
でも、その横で、子どもたちは笑っていた。
遊んでいた。
走っていた。
恋もしていた。
球を打っていた。
負けて悔しがり、勝って喜んでいた。
それは、戦争のあとに戻ってきた、子どもたちの時間だった。
それだけで、十分にまぶしい記憶なのだと思う。
あのころの灯りは、もう黒い布で隠されていなかった。
公民館の窓からこぼれる灯り。
体育館の高い窓に反射する灯り。
友だちの笑い声の中にある灯り。
胸の中にともった灯り。
戦争が終わったあと、
日本に戻ってきた灯りは、
電球の明るさだけではなかった。
人が集まること。
笑うこと。
遊ぶこと。
そのひとつひとつが、
私たちの時代を、少しずつ明るくしていた。
No.1
灯り
「おかぁちゃん、なんで、電気に黒いのんまくの?」
幼い私は、天井からぶら下がる電球を見上げながら聞いた。
いつもなら、夕方になると家の中にやわらかい灯りがともる。
畳の部屋にちゃぶ台が出されて、家族みんなでご飯を食べる。
けれど、その日の家の中は、いつもと違っていた。
電球には、黒い布がぐるりと巻かれていた。
灯りはついているはずなのに、部屋の中はぼんやり暗い。
壁も、柱も、おかぁちゃんの顔も、どこか影の中に沈んで見えた。
おかぁちゃんは、手を止めて、私の頭をそっとなでた。
「飛行機に見つからんようにするんよ」
「飛行機?」
「そう。空から来るんよ」
私には、よく分からなかった。
空から来る飛行機が、どうして家の電気を見つけるのか。
どうして電気を隠さないといけないのか。
外はまだ、ほんの少し明るかった。
それなのに、家の中はもう夜のように静かだった。
その日、私たちはいつもの畳の部屋ではなく、廊下の薄暗い場所に集まっていた。
板の間は少し冷たく、膝を寄せると、家族の体温だけが頼りのように感じた。
ちゃぶ台の代わりに、小さなお膳が置かれていた。
湯気の立つご飯。
味噌汁の匂い。
お箸の音も、いつもよりずっと小さかった。
「なんで、ここでご飯食べるん?」
私が聞くと、おかぁちゃんは少しだけ困ったように笑った。
「静かに食べようね」
それだけだった。
大人たちは、あまり多くを話さなかった。
けれど、みんな耳だけは空の方へ向いているようだった。
家の外で犬が鳴くと、誰かがふっと顔を上げる。
遠くで物音がすると、大人たちの表情が少しかたくなる。
私は、愛媛県の小さな町に住んでいた。
まだ五歳になる前のことだった。
その町には、田んぼがあり、風が吹くと草の匂いがした。
昼間は子どもたちの声が道に響き、近所の人たちが「大きなったなあ」と声をかけてくれる。
そんな、のどかな町だった。
けれど、その頃の大人たちは、いつも空を気にしていた。
ある日、空から大きな音が聞こえた。
ゴォォォォォ――。
それは、今まで聞いたことのない音だった。
地面の底から響いてくるような、胸の奥まで震わせるような音だった。
私は思わず庭へ飛び出した。
「何の音やろ?」
見上げると、空の高いところを、大きな銀色の飛行機が何機も飛んでいた。
太陽の光を受けて、機体がぎらりと光る。
子どもの私には、それがとても大きく、とても不思議なものに見えた。
「おかぁちゃん!見て!」
すると、家の中から慌てた声が飛んできた。
「早う入りなさい!」
その声は、いつものおかぁちゃんの声ではなかった。
私を叱る声でもない。
怖がらせまいとしているのに、どうしても隠しきれない恐ろしさが混じっていた。
私は、何が起きているのか分からないまま、急いで家の中へ戻った。
家に入ると、おかぁちゃんは私の肩を抱き、少し息を整えるようにしていた。
そして、何も言わずに、私を廊下の方へ連れていった。
私は、まだ飛行機を見たかった。
けれど、おかぁちゃんの手がいつもより強く私を引いていたので、何も言えなかった。
その日の夕方だった。
遠くの空が赤く染まっていた。
夕焼けとは違った。
きれいな赤ではなかった。
空の下の方から、何かが燃え上がっているような赤だった。
私は、家の外からその空を見て、指をさした。
「おかぁちゃん、あれ何?」
おかぁちゃんは、しばらく黙っていた。
私の横に立ったまま、遠くの空をじっと見つめていた。
そして、小さな声で言った。
「今治の方や」
それだけだった。
幼い私には、その意味が分からなかった。
今治の方が赤い。
ただ、それだけのことのように思えた。
けれど、大人たちの顔はみんな真剣だった。
誰も大きな声を出さなかった。
誰も「きれいやね」とは言わなかった。
空には黒い煙が立ち上り、夜になっても赤い光は消えなかった。
私は、その赤さを覚えている。
目を閉じても残るような赤。
子ども心にも、ただの夕焼けではないと分かる赤。
でも、それが何を意味しているのかまでは、まだ分からなかった。
あとで知った。
あの日、空を飛んでいたのはB29だった。
今治の町が爆撃されていたのだ。
私の住んでいた町の少し西には、飛行場があった。
だから、大人たちはいつも空を気にしていた。
飛行機の音に耳をすませ、夜の灯りに気をつけ、子どもたちを家の中へ入れた。
電球には黒い布。
窓からは光を漏らさない。
夜になれば、静かに過ごす。
ご飯も、明るい畳の部屋ではなく、廊下の暗がりで食べる。
子どもの私は、それが当たり前だと思っていた。
けれど、本当は違った。
それは、戦争だった。
終戦の年、私は四歳半ほどだった。
幼すぎて、戦争という言葉の意味は分からなかった。
国と国が争うことも、爆撃という言葉も、命の危険も、まだ何も分かっていなかった。
それでも、覚えている。
暗い廊下で食べたご飯。
電球を覆う黒い布。
空を震わせる飛行機の音。
遠くの町を包んだ炎の赤さ。
そして、私の頭をなでてくれた、おかぁちゃんの手のぬくもり。
大人になってから思う。
あの時のおかぁちゃんは、どれほど怖かったのだろう。
子どもに本当の恐ろしさを伝えることもできず、けれど守らなければならない。
泣きたい日もあっただろう。
不安で眠れない夜もあっただろう。
それでも、おかぁちゃんは私に向かって、できるだけ普通の声で言った。
「静かに食べようね」
その言葉の中には、怖さも、祈りも、家族を守りたい気持ちも、全部入っていたのだと思う。
あれから、長い長い年月が過ぎた。
私は愛媛を離れ、結婚して名古屋へ行き、別の町で暮らすようになった。
けれど、ふるさとは今も私の中にある。
今でも毎年、ふるさとへ帰る。
妹が待っているから。
同級生が待っているから。
同級会の日になると、懐かしい顔が集まる。
男の人も女の人も、みんな白い髪になった。
歩く速さも、声の大きさも、若い頃とは違う。
それでも、顔を見た瞬間に、昔に戻る。
「あんた、変わらんねえ」
「いやいや、よう言うわ」
「昔は走るの速かったのにねえ」
「今は立つだけで精いっぱいや」
そんなことを言いながら、みんなで笑う。
お茶を飲み、お菓子をつまみ、昔話に花が咲く。
戦争の話になることもある。
学校の話になることもある。
誰かの失敗談で、部屋中が笑い声に包まれることもある。
その笑い声を聞いていると、ふと思う。
あの暗い廊下で、小さくなってご飯を食べていた子どもたちが、
今こうして、白い髪になって、笑い合っている。
なんてありがたいことだろう。
ある年の同級会で、私は何気なく言った。
「私な、今でも覚えてるんよ。電気に黒い布を巻いてたこと」
すると、何人かがうなずいた。
「覚えてる、覚えてる」
「うちも窓に布してたわ」
「飛行機の音、怖かったなあ」
しばらく、みんな静かになった。
けれど、そのあと誰かがぽつりと言った。
「でも、よう生きてきたなあ、私ら」
その言葉に、みんなが顔を見合わせた。
そして、誰からともなく笑った。
「ほんまやねえ」
「ようここまで来たねえ」
「また来年も集まらなあかんね」
その笑顔は、若い頃のように勢いのある笑顔ではなかった。
けれど、とてもやさしい笑顔だった。
いろんな時代を越えてきた人だけが持っている、深くて、あたたかい笑顔だった。
私はその時、心の中でおかぁちゃんに話しかけた。
おかぁちゃん。
あの時、守ってくれてありがとう。
暗い廊下で食べたご飯も、黒い布を巻いた電球も、今では私の大切な記憶になりました。
そして今、私はふるさとで、同級生たちと笑っています。
あの日の幼い私の声が、今も耳に残っている。
「おかぁちゃん、なんで、電気に黒いのんまくの?」
あの日の答えを、今の私は知っている。
あれは、戦争という時代の中で、
家族を守ろうとした、おかぁちゃんの知恵だった。
そして、暗い時代を生き抜いた人たちが、
今、明るい部屋で笑い合えるようになるまでの、
長い長い物語の始まりでもあった。
同級会の帰り道、ふるさとの空を見上げる。
昔、銀色の飛行機が飛んでいた空。
赤く燃えていた空。
大人たちが不安そうに見上げていた空。
今、その空は静かだった。
夕方のやわらかな光が、町を包んでいる。
田んぼの向こうから風が吹き、懐かしい匂いがした。
私はゆっくり歩きながら、思わず笑った。
もう、電気に黒い布を巻かなくていい。
窓の灯りを隠さなくていい。
家族が明るい部屋で、ご飯を食べていい。
それがどれほど幸せなことかを、
あの暗い廊下を知っている私は、ちゃんと知っている。
そして私は、ふるさとの空に向かって小さくつぶやいた。
「おかぁちゃん、もう大丈夫やよ」
その声は、夕方の風に乗って、やさしく町の中へ消えていった。
