春の終わり、寿栄コミュニティセンターの裏手の道には、やわらかな土の匂いが漂っていた。
朝露をふくんだ草の間から、筍が小さな頭をのぞかせている。
「今年はよう伸びとるなあ」
母はしゃがみ込み、土をそっと掘った。
その手は節くれだっていたけれど、驚くほどやさしかった。
私は母の背中を見ながら、小さいころのことを思い出していた。
母はずっと忙しい人だった。
朝早くから働いて、帰ってきたら家族のご飯を作り、近所の人におすそ分けをしていた。
筍を炊き、蕨を灰汁抜きし、ぜんまいを干して、季節のものを当たり前のように食卓へ並べた。
「食べることは、生きることやから」
それが母の口ぐせだった。
けれど、母自身はいつも無我夢中だった。
自分のことは後回しで、気づけば夕暮れになっていた。
商店街の人たちも、近所のおばあさんも、みんな母に声をかけた。
「よう働くなあ」
「助かるわ」
母は笑って、「できることしてるだけ」と答えていた。
その姿を見ながら、この街はこういう人たちに支えられてきたのだと、今ならわかる。
寿栄コミュニティセンターの前では、子どもたちが走り回っていた。
新しくできたベンチに腰かける若い母親たちの声が、春風に混じる。
昔より景色は変わった。
閉まった店もあるし、知らない家も増えた。
それでも、季節の匂いは変わらない。
母は掘り出した筍を抱えて立ち上がった。
「晩ごはん、筍ご飯にしよか」
その言葉に、私は胸がじんわりあたたかくなった。
家に帰れば、台所に醤油の香りが広がるだろう。
鍋の湯気の向こうで、母がいつものように笑うだろう。
今、母は以前ほど無理はできない。
膝をさすりながら歩く日もある。
それでも、「今できることを頑張る」と言って、季節の手仕事をやめない。
蕨をゆで、ぜんまいを干し、誰かに「持って帰り」と渡す。
そのやさしさが、人と人をつないでいる。
夕暮れ、空が茜色に染まりはじめたころ、母がぽつりと言った。
「元気でおれるだけで、ありがたいなあ」
私はうなずいた。
特別なことじゃなくていい。
こうして同じ春を感じて、同じご飯を食べて、笑い合えること。
街を作ってきたのは、きっとこういう人たちだ。
名もない毎日を大事にしながら、誰かのために手を動かしてきた人たち。
母の背中は小さくなった。
けれど、その背中には、この街の季節がずっと積み重なっているように見えた。
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